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横井小楠殉節地

横井小楠殉節

幕末・明治の思想家であり政治家であった 横井小楠(享年60歳)が暗殺されたのは、1869(明治2)年1月5日。憂国の志子と称する十津川人、尾州人らの刺客に暗殺されたとされているが、事件は未解決のままになっている。

小楠は肥後国の家臣で、オランダ医学に注目し殖産興業を説くなど、先進的な開国論者で、1875(安政4)年には当時三賢候のひとりであった福井藩の松平春獄の相談役になっている。
1868(明治元)年、新政府の招きで京都に上ったが、その進歩的な開国論ゆえに攘夷派に憎まれ凶刃に倒れた。小楠の子はのちに同志社の三代目総長を務め、彼の近代的な精神は次代に引き継がれることとなった。